2019年05月29日

“持たざる者”との戦争だ

子供を狙う卑劣な輩があとからあとから湧いてくる(怒)

既に『秋葉原無差別殺傷』の辺りから言われてきているけれども
“刑罰”とか“社会罰”なんてのはそれによって社会的地位や財産などの『何かを失うことになるヒト』にしか意味がない。
仮に、失うべき社会性や何ら財貨を持たない『持たざる者』があなたのすぐ隣にいたとして、そいつが
“あぁもう生きるのもめんどくさい”
“誰かぶっ殺して自分も死のー”
…なんて危険思考に傾いたときには法も道徳も何の抑止力になりはしない。

こんなのどうやって防いだら良いんだ?
悪いクジに当たってしまったと思って諦めなさい、と言えるのか。
実際にこの類犯でもう二桁台のヒトが殺されてる。

非常な短気な対策ながら“我々も武装するしかない”と思ってしまうな。
登下校するときは親子で共にケプラーの防刃着を身につけたり、持ち回りで武装した親(笑)が随伴したりしてな…
防衛側は本当に不利だね。
輩がいつ来るかなんてわからないもの、、
しかし全くの備えがなければしなければあんな様に殺されてしまう。

こういうのはまさにこれからも増えていく気がする。

繰り返し書くけれどもこれは真面目に言って“戦い”なので、危険な地域、危険な人物は可能な限りマークして芽を摘んでいかないくてはならないよ

2019年05月26日

墓参りする意味

遥々墓参りをしてきた。

IMAG2145.jpg
見よ、キレイになったぞ!!

しかし暑かった。
光化学スモッグ注意報が鳴り響く初夏の炎天下で
『そもそもヒトはなぜ墓参りをするのか?』
などと考えながら独り必死に墓石を水拭きしていた。
その時の考えを改めて振り返ってみる。

ここ日本では墓参りをイコール『先祖供養』と捉えている方々は多いようだ。

しかし厳密な仏教観を展開すると、“死んだヒト”というのは
@極楽に行っている
A輪廻して別の生の真っ最中
B地獄で焼かれている(苦笑)
のいずれかになるので、すると“先祖”そこにはいない”ということになる(もちろんお骨はそこにあるけども)

そう考えてしまうとますますヒトが墓参りをする理由が分からなくなってくる(笑)

いったん、実際の墓参りの流れを思い浮かべてみた。
さすがに、毎日欠かさずお墓に通うヒトはほんの一握りだろうから、、
お墓というものは『大概が汚れている』と定義できる。
そして、日本人には『汚れたものを掃除せずにはいられない文化』がある、、

分かった!

墓参りとはすなわち、『お墓の掃除』なのだ。
汚れているから掃除しに行く(かといって、毎日毎日は行けないから命日やお彼岸などでいく)
これが墓参りの答えだったのだ(°Д°)!

…なんて考えている内に気づけばお掃除は完了した。
よく分かったのは“光化学スモッグが出ているときはアタマもおかしくなるので注意すべし”ということ。


と、冗談はこのくらいにしてボチボチ真面目な話に戻ろう、墓地だけに。


お墓を掃除する時、無心になってひたすら掃除だけをするヒトは…正直少ないと思う。
やはりというか、お墓の掃除をしながら、そこに眠る故人について
『なんで死んでもうたんやろう、、』
『やっぱ死んでもうたんやな、、』
と振り返るんじゃあないかとおもう。

そしたらその次は
『自分もやっぱりいつかは死ぬんだろうね』
と、思わせられるのが自然な流れではないかとも思う。

それは誰しもが“人生にはタイムリミットがある”と認識せざるを得なくなる瞬間だ。

タイムリミットといってもそれはヒトによって様々で、
いつまで今の仕事を続けられるのだろう?とか
いつまで家族と暮らせるのだろうか?といった色々な期限を浮かべることと思う。

あるいは長寿社会になり、自分が“自分であることを保てる期限”なんてものも産まれてしまった。
ただ死んでいないだけの生きる屍にならないためにリビングウィルによって自身の意志を示したり、ACP(アドヴァンスケアプラン)といったものを設定する時代になった。

これらについてはまた改めて触れたいけれど、まず普通のヒトは普段からそんな話をすることはない(笑)
もしも知り合いがいきなり『私のACPは…』と話し始めたら、それは絶対に相談に乗らないと不味いことになると思う。

話を戻すとヒトは必ず死ぬ、が、
それは今日ではない“いつか”だから何も悩まずに今日を生きることができる。

しかし一方で、全くこれらの期限を意識しないで生きてしまうと、それはそれでいざ“期限”が明らかになってしまった時にもう取り返しがつかないことになってしまう可能性もある。

“あなたはあと一年も生きられません”

もしもそう告げられてしまった時に、その一年でやり残しなく旅立つことは出来るか?と問われたら…
少なくとも私には無理だ。

だから私は『自分が自分でいられるのはあと15年くらいかもしれない』と仮定して、やるべきことを逆算するようにしている。
(母親と同じ様に51であの世にいってしまうとなると、かなりの駆けあし人生になる)

『これだけはやっておかないと!』ということがあれば、多少の障壁があってもやってしまう事にしたし、
『本当に大事にすべき相手』にはより大切に思うことにする代わりに、広く浅い付き合いなんて求めないことにした。
そうすることで…私は『よりボッチになった』のは事実だけれども、自分で自分の人生を生きていると実感できるようになったのもまた事実。

なお、こういう考え方を得られたのは別に昨日今日の墓参りからではなく…
私たちのフィールドである医療の“その先”に
逝ってしまわれた患者さんが身を以て教えてくれたからなのだと思う。

例えばACPでも『これからどのようにしていきたいか』という意向を汲むとはいえ、
それらの全てが叶えられるわけではない。
現実感の無い希望は結局捨て去るしかなく、
そうして折り合いをつけて残った僅かばかりのささやかな願いすら叶わなかったこともある。
それらを目の当たりにしたならば、せめて今を生きる人々にこれをフィードバックできなければ、全く顔向け出来なくなってしまう。


真面目な話、こんなブログをわざわざ閲覧してくれる皆さん(ここだけの話、かなりアクセスがあってこの調子で続けてていいのか怖いw)には、
いつか最期を迎える際には“概ね満足”とか“悔い無し”であって欲しいと思うんだなぁ、、

しかし、こういったことは生き死にの近くにある我々には実感がしやすいけれど、誰しもが皆そういう場所にあるわけではないからどうしたもんだろうね。
下手をすると“実際に大事なヒトを亡くすまで気付けない”なんてこともあるしな(私の様に)

…そこにお墓参りがピタリとはまる。

お墓参りが出来るならば、誰しもがそこで“自分の終わり方”に意識を向ける機会が得られる。
それを無駄にするのはもったいない、そうは思いませんか。

この記事にて、何らかのインスパイアを受けていただけたならば是非、お墓参りを検討してみてください。
それも“いつか”ではなく、次の週末にでも。


皆さんに良い終末(週末)がありますように!

2019年05月23日

業界裏話とAIDSのクスリについて

今日は『鳥居薬品大丈夫か?』という話
ちなみに鳥居薬品、といえばまず…
アンテベート!
ロコイド!

などのステロイド外用剤が浮かぶ

あとは…
……

………!?

な、なにも浮かばねぇ(笑)






と、いうのは冗談で(*・ω・)
この鳥居薬品、実は『いくつかの抗HIV薬』を取り扱って…  いた。
“いた”と言うのはおいおい触れるとして、先ずHIVについて軽く蘊蓄を垂れさせていただく。
HIVとはヒトからヒトに伝搬するウイルスで、感染すると免疫が働かなくなるいわゆる“AIDS”の原因となるものだ。
なお、AIDSについては義務教育でも取り上げられているはずだから皆さん おおよそご存知であるとは思うので割愛。
それよりも重要なのは『HIVに感染したとしても、即AIDSを起こすのではない』ということをどうか知っていただきたい。

そう、先に挙がった“抗HIV薬”を“きちんと飲み続けること”ができれば、晩年までAIDSの発症を抑えながら生きていくことも不可能ではない。
ところがHIV感染者にとって命を繋ぐ希望ともいえるこの抗HIV薬、実はその殆どが“海外メーカーからの輸入品”であることはさらに知られていない。
万が一、海外から入らなくなると国内のHIV患者はAIDS発症を待つばかりになるということになる…

話を戻すと、鳥居薬品はそんな抗HIV薬のうちのいくつかをギリアドという海外メーカーからライセンスを取って販売して“いた”わけだが、これが今年始めに打ち切られてしまった。
鳥居薬品にとり、この抗HIV薬はその売り上げの3分の1ほどを占めていたようだから、これからは今までの7割未満でやりくりしていかなければならなくなってしまったが、
家庭や経営をやりくりしている方ならば“収入の3分の1が消滅する”ことがどんなに危ういかは想像に易いはず。

ちなみに、こういった情報は自分から引っ張りにいかないと得られない閉じられたものだ。
HIV患者は、そこらの病院やクリニックにはかからない。
プライバシーを守るために、隠匿された医療機関にかかり、限定された薬局でクスリを受けとる。
だから我々のような市井のイチ薬局にはまるで無関係で、何の情報も入らないのが当たり前のようになっている…
それはおそらく独占禁止法に抵触するのだろうけど、HIV患者さんのためを思って誰も声をあげたりはしない。優しい世界だと思う。

話を鳥居薬品に戻すと
そんなピンチな中、ミティキュア、シダキュアなる新機軸のアレルゲン減免薬を売りに出している。
これはいわゆる“飲んでる間だけ良くなる(やめたらまた症状が出るよ)”っていう従来の悪徳商法みたいな薬剤とは違って、
きちんと治療を終えたら文字通り『治る』、本当のクスリだなと私個人はリスペクトしている。
(シダキュアの前身であった『シダトレン』はシダキュアの投薬制限解除に伴い販売終了が決まったのは上記の経営状況からはやむなしと推測できる…)

だからこの鳥居薬品がぶっ倒れてしまうと、ミティキュア、シダキュアみたいなある意味『正しいクスリ』も存続が危うくなってしまうので、なんとか応援したくなるのが日本人的な気質(笑)

使えるものはなるべく鳥居で使ってあげましょう!(偉そうに)

…アンテベート…ロコイド…

あれ?ウチで使えそうなものが無いぞw
だめだ、どうか踏ん張って堪えてくださいm(__)m
posted by うたまろ at 00:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動日誌