2019年08月24日

それが“聖属性魔法”だ

なし崩し的に千灯供養に初参加したボンチ。
愛宕街道沿いに並べられた灯篭を見ている間はテンション高めだったが、念仏寺に入った途端に絶句することになる。

立ち並ぶ石仏と灯火に圧倒されながらも
『ここ、ゴースト系かゾンビ系が出てくる?』
などと聞いてくる。
「ゾンビ系は出ない、が、ゴースト系とスケルトン系が出るかも…」
と、悪乗りで返しをすると

『そうか…なら“聖属性魔法”で対抗しないと…』
などと呟いている。
キミは“聖属性魔法”が使えたのか(笑)

そうこうするうちに【西院の河原】に到着。
怖いー((( ;゚Д゚))) とは言いながらも、
『どこにロウソクを付けるかは自分で選ぶ』
という。

そうして決めたのは“隅の方の灯りが殆どない一角”だった。
【そこが一番寂しそうだったから】らしい。


…それだ。
無縁仏に心を手向けられる、それが“聖属性魔法”だ

その優しさ、なんだか頼もしいじゃない

良い経験が出来ました

2019年08月20日

ヒトあっての家族、家族あっての家、なんだなぁ

もしもそこに
『もはや誰も住まうヒトが居なくなった古家』
がただ佇んでいるだけならば
例えそこにどんな“物語や歴史”があったとしても、
取り壊して更地にしてしまうのがよい。

それがやがて、新たな家族に明け渡されて、新たな家が建ち、そうしてまた新たな歴史が刻まれていく…
それが自然かつ最良のサイクルであるとは思う

…とはいえ
それが“自分が産まれて20年来暮らした家”となると話はまた別となるようで、
そんなシンプルには割りきれないらしい
【壊サセルナ】
【守レ】
と、何かが頭で囁いてくる(笑)

でもね

団欒あっての家族であり、家族があって家がある。
たぶん“その逆”はないと、自分だって分かっている。

たとえ家だけを気合いで繋ぎ止めても、かつての住人が戻ることはない。
そう、アタマでは理解しつつも…
心はしっかりと反発しているのが分かる。

…胸のモヤモヤはしばらく続きそうだ





どうしてこうなった

2019年08月15日

送り火が点火しないことは無いと思うな

ただいま台風が通過中…
一方で、国民の多くが気にしているのは
『大文字焼きは中止にはならないのかな?』
なんてところじゃないかと。

ふふ、安心?してください
“五山送り火”は雨天決行で間違いないですよ、と(*`・ω・)ゞ
なぜそう言えるかって?
だって例年に“梺から眺めている”から。

送り火に点火している方々、これはもう完全に魂をかけているのがバシバシ伝わってくる。(掛け声なんかも実際に聞こえてくる(笑))

だから風が吹こうが雨が吹き付けようが、間違いなく彼らは点火する。
去年だか一昨年だかの悪天候の時には重油でも持ってきてるのか、【なぜか消えない妖しい炎】が揺らめいていたし炎

この使命感はどこからくるのか
真に、この世とあの世を無事に繋ぐためか?
それとも、これを待ち望む世俗の期待に応えるためか?
あるいは、それらの両方なのか

いずれにしても火は灯る。
楽しみに?待ちましょう