2019年11月28日

誰がための“リファイン”か

機動戦士ガンダムに、リ・ガズイという変わったガンダム?が登場する

リ・ガズィ (Re-GZ) は、「ガンダムシリーズ」に登場する架空の兵器。有人操縦式の人型ロボット兵器「モビルスーツ」(MS)の一つ。初出は、1988年公開のアニメーション映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』。「リ・ガズィ」とは「リファイン[注 1]・ガンダム・ゼータ(Refined Gundam Zeta)」の略称 。
作中の軍事勢力の一つ「地球連邦軍」の試作機で、『機動戦士Ζガンダム』の後半主役機「Ζガンダム」の量産化を目指して開発された。Ζガンダムの欠点である高価で複雑な変形機構を排し、代わりに機首と主翼を備えた大型バックパックを背負うことで航空機形態となるのが特徴。ただし、MS形態になるにはバックパックを排除する必要があるため、Ζガンダムと違って再び航空機となることはできない。 (Wikipediaより抜粋)

上記の通り、リ・ガズイとはZガンダムのリファイン品であるという説明がなされている。

しかし、本来のリファインの意味合いとは洗練すること、精製することである。
このリ・ガズイにとって、オリジナルのゼータガンダムに対する変更点は量産化、およびその為のコストダウンなので、果たしてこれを『リファイン』と呼べるのか甚だ疑問だ。(リゼルくらいまで改良して、初めてリファインと呼ぶのがゆるされるのではないか?)

なので、本当の意味での“リファイン”された医療用点眼剤について少し紹介しようと思う

その名もアレジオンLX点眼
アレ…ジオン…点眼
(…なので、むりやりにガンダムネタを引っ張ってきました)

これはアレジオン点眼をより長持ちさせることに成功した文字通りのリファイン品

アレジオン点眼と言えば“ベンザコニウムフリー”
乃ち、コンタクトレンズを装着していても使えるアレルギー点眼剤の代表選手で、
これを愛用する患者さんは非常に多い。
(ライバルのパタノール点眼との差別点もまさにそこに有るのではないか)

そんなアレジオン点眼だが、やはり1日に4回点眼しなければならないというのは何ともおっくうだ。
それに対し、新アレジオンLXは2回点眼/日で良い。
つまり“通常の2倍”の効果(長さ)を持つということ(笑)

気になるお値段は、、なんとぴったり2倍!
・・・なので、既存品でしっかりと1日4回点眼している患者さんにとっては、
今回の新薬に切り替える事でのお得感はないけれど、

私のようにせいぜい朝昼晩、あるいは朝晩しか点眼できない“おさぼりマン”にとっては
薬剤の本来の効果を得られる可能性が出てくる。

眼はかゆい><;
でも1日に4回もしっかりさすのは難しい、なんとかしてよドラえもーん
・・・そんなわがままな願いをかなえてくれます。


と、ここまでは表向きの話

このアレジオンのリファイン、
おそらくはこれから登場する“パタノール点眼のジェネリック”の対抗馬だ

パタノールと言えば、先述のアレジオンのライバル品。
分かりやすく言えば『アレロック点眼』だが、諸事情によりパタノール(オロパタジン)と命名された抗ヒスタミン点眼。

値段も少し安い、だがパタノールそのものはコンタクトNGだ。
そのため、今この瞬間もアレジオンにシェアを食われているだろう(笑)

しかし、これから登場するパタノールのジェネリックはコンタクトOKとなる可能性が大きい。(あくまで可能性ですよ!)

なぜなら、点眼剤の防腐剤であるベンザコニウムはあくまでも“添加剤”なので
後発メーカーは防腐対策さえしっかり出来るのであればこのベンザコニウムを除いて製造販売できる。

良く『ジェネリックは主成分は一緒でも添加物とかが違うんでしょ!』と言われるが
このベンザコニウムに限って言えばそれがプラスに転じることになる。

そう、安くて良く効き、なおかつコンタクトOK!なんて点眼剤が出てきたら
“コンタクトOK”というアレジオンのウリが失われてしまう可能性が高い。

そんな事情からリガズイ、、じゃなかったアレジオンLXを出してきた、というのがお薬マニアの見解。

このリファイン、だがためのものか?
患者さんの利便性か、あるいは自社品のシェアか

しかし製薬企業にとって、自社のシェアも守っていかないと製造中止やらで結局は患者さんが困ることになるから、どっちも大切な事なんだよね、、要はバランスか

いずれにしても保険薬局としてやることは
『薬価が安く、かつ副作用の心配が無いものをドクターにも患者さんにも推していく』
ただそれだけだ

あと筋金入りの花粉症マンの私個人としては、便座フリーの安いジェネリックを熱望します(*´ω`)
来春に間に合うかな、、(><;
posted by うたまろ at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動日誌

2019年11月26日

一つの理想の姿

ある時、アメリカの緊急ダイヤルである911に、女性の声でピザの注文が入った。
オペレーターは初めこの番号は911であること、かけ間違いではないかと応えた。
しかし、あくまでも相手の女性は『まちがいない、貴方にピザを頼みたいのよ』と引き下がらなかったのだという。

オペレーターは初め、たちの悪いいたずらではないかと訝んだ。
しかしよくよく相手の声を聞いてみれば、逼迫した、尋常じゃない雰囲気を電話機の向こうに感じ取ったらしい。
そして、試しに質問をしたそうだ
『貴女の身に今、何か危険が迫っているのですね?』
“ええそうよ”
『今、どこかにケガはありませんか』
“いいえ、欲しいのは○○味よ”
『直ぐに人を向かわせますからね?』
“Lサイズでおねがい”

…そんなやり取りの末に、サイレンをならさずに密かに駆けつけた警官によって通報者の夫が、
悪酔いして通報者の母に暴行を加えていた件で現行犯逮捕されたのだという。

状況から察するに、通報者の女性は“表立って911に通報すること”が出来なかった。
そうすれば、逆上した夫がエスカレートして、より悪い結果になりえたのだろう。

女性の機転もさることながら、天晴れはこのオペレーターだ。
並みのオペレーターならば、いたずらと判断して電話を切っていただろう。
しかし件のオペレーターは、そうはしなかった。

察して、考えて、提案(実行)する…
そうして最善の結果を得ることができた

まさしくこの一連の流れこそ、私が求めてやまない理想そのものじゃないか。

だがこちらとて、911オペレーターのプロとしての矜持にただ敬服してばかりではいられない。 
我々だって対人を担うプロなのだから。
私たちパラメディックにだって、件のオペレーターさんの様に“誰かを救うこと”が出来るかもしれないんだ!

…しかし悲しいかな
医療従事者に圧倒的に多いのは“察しの悪いボンクラ”の方だ。
『救う』どころかとんだ『妨げ』になりうる、、
そう、私の様にね…

もちろん、中には件のオペレーターのように『察して考えて動く』が当前の様に出来てしまう人は少なからずいる。
でもそんなヒトだって、日々の業務に忙殺されてしまううちに、つい重大な見落としをしてしまう…
最近の某大学病院の医療ミスを見れば、何よりそれか現実とわかるはず。

しかし
それでも私たちは
たとえボンクラでもいつかは件のオペレーターさんの様にヒトの役に立ちたいと渇望している。
いつかはきっと…という希望があるから日々研鑽を続けられるんだ。

しかしそこにも問題はある
“それが訓練可能か、あるいは当人の資質による(訓練でどうこうなるものじゃない)ものなのか”
ということが。
諦めなければ夢は叶うか?という問いがある。

これは一見シンプルながら、答えによっては深刻な結論を生むテーマだ

例えば本来自分の都合しか考えられないヒトがいたとして、それに対して
『常に相手を第一に考えてみましょう』
といった題目を掲げて繰り返し指導すること、いわゆる“強化”によってその特性が変化させられるのか?ということ。

日頃より相手に意識を向けるなど備えがなければ、いざというときに“気付き”を得られやしなない…
もうそのあたりからが難しいヒトはどうすればよいのか?という話

これがもし、“持って生まれた『気質』の問題と片付けるしかない”となってしまえば(後からは訓練しようがないものと明らかになってしまえば)
どうあっても医療に適せないヒト、というのが浮き彫りになってしまう。
患者さんからすればそういった人が他業界に羽ばたいてくれる方が福音となってしまうのだろうか。
でもそれはそれで
『真に適正がある人だけで医療が回るわけがない』
という絶望だけが残る

今、目の前には二つの道がある
一つは、『あなたは医療に向いている、あなたは医療に向いていないよ』
と無情にも線引きをして可能性があるヒトの可能性だけを信じる効率的な道…

もう1つは、
“たゆまぬ訓練によりいつか医療人は開発される”と信じて折れない道…

正直、どっちもしんどそう。良い悪い、正しい間違いは多分無い
私はどっちかな
信じる方かな。
かつて、天に唾はいていた私を信じて伸ばしてきた人が少なからずいてくれた。

そうなるともう信じる他にない、そんな気がする。



posted by うたまろ at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ふとした思い付き

2019年11月23日

祝日の色が“全て赤”で染まってしまうのは、『ゆとりがない』サインかもしれない

『お金に色は無い』という言葉がある。
何かモノを作ったり、あるいはサービスの対価として正当に得たお金も
誰かを騙したり、盗んだりして得た不当なお金も
一つのサイフに入れてしまえば“区別が付かなくなってしまう”ということを表している。
そして

『だからこそ、プロフェッショナルとして胸を張って代金を頂戴出来るようにしよう!』
という意味で使われることもあれば、
『どんなことでもやったもん勝ちだ!』という意味でも使われる。
使い手次第、まさしく“色が無い”言葉だったりするから面白い。
貴方ならこの言葉、どう使うか?


ところで、これはひょっとしたら『祝日』
も同じかもしれない、とふと感じたことが今日のテーマ。

まず、祝日の色は?と問われればもちろん赤だ。
ミドリだとかムラサキだとか、アマノジャクを言うつもりはない。
ただ…みんな“同じ赤”ではつまらないんじゃない?ということだけは書いておきたい。

これまで私は、元旦や子供の日や敬老の日など、大型連休に絡む一部の祝日を除けば、
建国記念日も、春分の日も秋分の日も、今日のこの勤労感謝の日も、みな同じ祝日として思い思いに過ごしてきた。
そしてそれは、大多数の日本人も同じことと思う。

しかし今日になりふと
“2019年の勤労感謝の日は、今日この日だけなんだな…”
という思いが浮かんできた。
なぜか分からないが、カウンターでガトーショコラを食べたらふと思い浮かんだんだ。
ブドウ糖のパワーかもしれない。


そもそも勤労感謝の日ってなんだ
勤労する誰かに感謝をするのか?
それともされる側なのか?

まあ、普通に考えて…ウチで“患者さんのためにベストを尽くしてくれるスタッフ”に、、だべな(´ー`)



…そんな、“祝日が制定されたルーツ”を考えて過ごす1日も、
一切気にもかけずに単に赤日として過ごす1日も同じ24時間なんだけど、
私はどちらかと言うと前者の方が、より豊かな生き方に近づくヒントになるのではと感じている。

春分の日も秋分の日も、現代人にとって本質的にはどうでもいい事だ。
でも、遥か昔の人々が
“昼と夜がちょうど半々となる日が年に二回あること”
にある時気付き、それを暦として特別視したことが今に至ることには間違いなく意味がある。
中には“山の日”なんて『休みのための祝日』もあるが…しかしそれだってある意味大事な事だ。
日本人には、少なくとも30日のうち5回以上は安息日が要ることがこれでハッキリした(笑)

…そういうことを、家族で揃って過ごせる祝日に話題にすることは、
あるいは毎年、それを重ねて行けることは、
少なくとも私自身にとっては紛れもない“豊かさ”だ
それは言ってしまえば『まだ届かない理想』の裏返しでもある。

ウチの子供にとって祝日はまだ単なる休みで、
ママさんにとってはおよそどうでもいいことらしい…風情が無いなぁ

豊かさとは、かくも遠くにあるものだ!

皆さんの勤労感謝の日は、いかがでしたか



posted by うたまろ at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ふとした思い付き