2020年01月30日

武漢コロナによって“21エモン”の世界が現実味を帯びて来た・・

・中学生が一人でも乗れる、自動運転機能つきのシティコミューター
・学校に登校することなく、自宅で立体的ホログラムによる双方向通信での授業風景
・上記と重なるが、立体映像で見る実物さながらの景勝地や映画
・自律的ロボットによりヒトは単純労働から解放されている
・食事は化学合成された?缶詰入りの完全栄養食がある、、などなど

これらは藤子不二雄が『21エモン』で描いた近未来の風景だ。
21エモンとは『宇宙からの観光客』が地球に多数押し寄せることになった21世紀、
主人公の21エモン君が“いつか自分も宇宙に冒険の旅に出る”と憧れを抱きながらも家業の旅館(創業450年を誇る老舗ながら傾いている)をお手伝いする、そんな日常を描いたマンガだ。
(時々ドラえもんも出てくるし、逆にドラえもんに21エモンが出てくることもあった)


それはさておき、私がふと思い出したのは“ヒトとヒトが接触せずとも暮らせる時代”の描写
この風景こそ、武漢コロナウイルスを始めとするパンデミックを生き延びた人類が目指す一つの未来なのでは?、、という妄想がよぎった。

現実世界に話を戻す。
武漢コロナのROは『3.8』だという。
ROとは基本再生産率・・・早い話が“一人の感染者が別の誰かを感染者にする倍率”だ。

なお、高い感染率からインフルエンス(感染させる)と名づけられたおなじみの“インフルエンザ”のROが『2〜3』とされているのを見ると、いかに感染力が高いのかが分かる。

そしてインフルエンザと違い、迅速診断キットも無ければワクチンも、治療薬も無い
つまり理論上は【どこまでも増える】のだ。

仮に1人が4人、4人が16人に、16人が64人に、、と4の乗数で感染が広まると、
7次感染で16384人、8次感染で65536人、9次262144
10次1048576、、
と、10次感染で100万人に到達する。
あとはどれだけ生存率が見込めるかが希望。

『あくまでも肺炎、対症療法ながらも治療は可能』
というヒトもいるが、しかし100万人の患者であふれるその時、、
それをカバーできる病床は?医療従事者は確保できるか?
医療従事者もヒト、むしろ優先的に罹患するはず。

これまでのデータで見ると、死亡しやすいのは老人かつ既往症が多いヒトで、
持病があれば比較的若い人も死んでいる。
逆に、幸いにも子供の死亡例は今のところあまり多くない、、

そこから一つの可能性として、
『世界的に老人や持病を抱えた人が多数亡くなる未来』が有り得る。

今、近代国家で生活が厳しくなる理由の一つは膨れ上がる社会福祉(のための税金)だと私は思うけれども、
不謹慎ながら、武漢コロナのまん延によって福祉の最大の対象者であるご老人らが一挙に亡くなったら?

・・・若い世代の負担がこの上なく軽くなることは間違いない。
その時、ヒトはようやく“自分たちの本当の未来のため”にお金と能力を集中して使えるようになるのでは?

では【何に】注ぎ込む?

言うまでもない。【防疫】だ。

かねてよりAMR(薬剤耐性)も問題視されており、
早急に取り組まねばいずれ耐性菌での死者も万を超すと言われていたところ。

一見、どんなに文明が栄えた様に見えたって
たった一つのウイルスや菌がまん延しただけで人類は絶滅寸前まで追い込まれると、皆よくわかったはずだ。

それが自然界のものか、某国の生物兵器になるかはさておき、“それ”は突如やってくる。
その時は何とかなっても、また“いつか”は必ずある。
ウイルスも菌も耐性化と変異がある以上、いくら新薬を造ってもいたちごっこだ。

そんな感染症の【究極の治療】とは即ちヒトとヒトとの遮断に他ならない。

大人たちが過密な電車に押し込まれながら互いにうつし合うことも、
子どもたちが学校や塾で互いにうつし合うこともなく、
映画も、なんなら観光も自宅の立体映像で済んでしまうから人ごみで無差別に感染する事もない世界

すなわち、21エモンの様な未来図を目指さざるを得ないだろう、、

私自身はそれを目にすることなく死ぬと思うが、
“人類は必ずヒトとヒトが接さなくても暮らせる世界に至る”との確信がある。

あるいはそれは“人類が極端に数を減らした寂しい社会”だとも感じるけれど
“人口が減った分、今よりもヒトがヒトを大事にする社会”であるといいなー(笑)

まぁ、そんな妄想をここで垂れ流しても笑われるだけか。
さて、出来る限りの防疫について考えを巡らそう。
posted by うたまろ at 16:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 武漢ウイルス考察

2020年01月29日

潜伏期間中感染

無心に働き続けると、段々と余計なものは削ぎ落とされていく。
最後には果物のような“芯”が残るのか?
あるいはキャベツやレタスのように“何も残らない”のか?
まだ終点は見えないが。

ただ、あなたの医療従事者としての本懐はなんだ?
と問われたら

“患者さんの治癒”であり“健康的の日常への回帰”

だと即答することは出来る。

それが果たして“芯”なのか?
そういうときは『対偶』を考えると良いと、数学が教えてくれた。

対偶、というのはややこしいので
ひとまずその対極が何なのかを考えてみると、、
『医療事故』
『(他者に)二次感染させてしまうこと』
といったものが浮かんできた。

薬局とはいえ、感染症を扱う医療機関にかわりない。
自分自身も食らってしまうことは十二分にあるし、中には致命的なものだってあることはよく理解(覚悟)している。

…が、何よりも辛抱ならないのは
それを『さらに誰かにうつしてしまうこと』だ。
それは今から2年前?くらいの記事にも書いた記憶があったと振り返る



我々もヒト、無敵の超人ではない。
時にはこっそり何かを貰ってしまうこともある

『今、何かおかしい…』

そんな不調はいち早く感知してかつ楽観視はせず、拡大防止と自己回復に努めてきた。
(もちろん、だからといって他人に100%うつさないとは限らないが)

…しかしそれも、あくまでも“従来の流行型感染症ならば”の話だ。
件の武漢コロナは、なんと『潜伏期間中も感染力を持つ』と言う。
こんなん無理やっしょ( ´∀`)

昨日あたり、奈良で感染者が認められた。
京都なんて時間の問題よ

望むと望まぬとに関係なく、
自分でも知らない内に誰かからもらってしまい、
知らない内に誰かにうつしてしまうのだろう、、

ただでさえRSやらインフルやらで弱っているところに、自分が媒介して送り込んでしまったら、、
これは患者さんを殺してしまうな。

洒落にならなすぎて、逆に笑いがでる

武漢のメディカルスタッフが中国語で何を喋っていたかは分からないが、
何に嘆いていたのかは良く分かった気がする





posted by うたまろ at 01:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 武漢ウイルス考察

2020年01月28日

グローバルの対価

『武漢を密かに脱出したヒト』
を見つけて『通報しようとしたヒト』を

『武漢を密かに脱出したヒト』が殺した…


そんなニュースを見た。
日本人としての感覚では“えぇぇ…?”となるこんな事件すら茶の間に届く、
それもまたグローバル


事態は刻一刻と悪化にむかい、ヒトの心も蝕み始めているぞ。
行き着く所まで行ってしまうのか?
posted by うたまろ at 00:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 武漢ウイルス考察