2021年09月09日

コロナはただの風邪です

『コロナはただの風邪です』

と、喧伝しては好き勝手やらかす連中がなぜここまでまともな人々をイラつかせるのかについて考えてみた
(ちなみに“旧来のコロナウイルス”も風邪の原因の一つではあるので『コロナはただの風邪』っていうのはある意味正しいのだけど、当然ながらここでは『新型コロナはただの風邪』という意味での発言を指しているとして欲しい)

大きく分けて2つの理由が浮かんだ

一つは【それでヒトが多数死んでいるから】という感情的な理由から

既に世界では相当な死者を数えた
日本はまだ序の口に見えるかもしれないが、他国と同様に医療崩壊といった二次的三次的な死者が見え始めて来た
時間の問題だ、、
そんな最中に『ただの風邪でしょ』と嘯くのはさすがに空気が読めていなすぎると感じる
十分に警戒していたのに、それでも感染・重症化して死に目にも会えなかった人々に対する労りが無さすぎる

二つ目は、【他者に迷惑をまき散らす】という弊害から

正直、ウイルスを侮った連中が勝手に死ぬ分には構わないと、多数のヒトは思っているところだろう(正直すぎたか!)
しかし実際はそういった連中がウイルスを受け取り、拡散して被害を拡げていることがデータで明らかにされてしまっているし、いざ重症化すれば泣きわめいて病院に飛び込み、ベッドを埋めている姿が露見している
風が吹けば桶屋が儲かるよりもう少しリアリティを伴った実害があるので、まともな人々はこういった連中を忌避している

“コロナはただの風邪”・・・
仮にそこに一定の根拠が有ったとしても真っ当な人々は決して取り合わないだろう



ただ、そうは言っても『コロナはただの風邪』に流されてしまうヒトが少なくないのはなぜだ?
それについても考えてみた

一つは【思考の放棄】
つまり普段から自分のアタマで考えることをしてこなかったタイプのヒトが
“なんとなく権威のありそうなヒトや有名なヒトがそう言っているから”
“ネットにたくさん書かれてるから”
と情報を鵜呑みにしてしまっているパターン

そもそも医療において医者とか看護師といった専門家だって間違った判断をしてしまうのに、
ましてや医療の専門家でもない素人が、何の根拠を以って言っているのかも分からないような事を妄信して自身の生命を危険に晒してしまう、、ちょっと考えると愚か極まりない
そもそも、そもそも“ただの風邪”ですら拗らせれば人は易々と死んでしまう、侮ってはならない

マジな話、早く立ち上がれ

二つ、【コロナ対策疲れ】

この閉塞的なコロナ禍において
『あぁコロナってただの風邪かもしれないんだ』
『もう日常に戻れるんだ』
という囁きは本当に甘美で、つい流されそうになるその気持ちは分かる

気持ちは分かるが、気を確かにもって現実を直視しよう
今、幸いにもあなた自身もあなたの近親者の中にもコロナ陽性者はいないかもしれない
ただ今やいつ誰しもが陽性者に、重症者になってもおかしくない。そういう段階に来てる

そしていざ、今度はあなたたち自身がコロナに感染して“ただの風邪ではない”症状になったとしても、もはや誰かが責任は取ってくれるでもない

マジな話、早く立ち上がれ
これちょっとシリアスだけど盛り上がれ


くどいようだが、本来は危機回避能力やストレス耐性を持たない生物は淘汰されるのが自然の摂理で、死にたい人、本気で生きたいわけじゃない人はかってに死んでどうぞが真理
しかし今回のようなエピデミックではただ自分が死ぬ以外に“他者にも迷惑をまき散らす”という点から“お好きにどうぞ”というわけにはいかない

つまるところこれは知性や理性を以って自衛に努める人々と、そうではない人々との対立構造なのだと思う

知性≒想像力であり、『〇〇かもしれない』と潜在的な危機を回避する能力として
理性≒ストレス耐性であり、ストレス下においても正しく判断を続けられる能力として

こんな時代だからこそ知性と理性を大切に、そして自分と大切な人の安全を守りましょう

posted by うたまろう at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | モショっとつぶやく