2021年02月06日

丁寧な仕事をしたいだけ

さて、昨日でまた一年歳を重ねた
しかしこの歳になるとまた一つあの世に近づいたと思わずにはいられなくてめでたくもありめでたくもなし

ただ、自分の終わりを感じることは悪いことではない
いつか終わりがくる、じゃあそれまでに何をするか?
どう生きるか?

そういうことをキモイくらいにべったり考える様になってくる
(いわゆるメメント・モリというものだ)

その結果なのかは分からないけれど


丁寧な仕事がしたい

・・・ここ最近はそんな欲求だけに突き動かされている気がする

自分たちの仕事が丁寧か、否か
それだけにしか関心が湧かなくなってしまった

昔作って放置状態な薬局のHPには【地域への貢献】についてうんたらかんたら書かれていたけれども、今となってはそれも些末なことと感じている

DzI_h5kV4AAGRei.jpg←イメージとしてはこんな感じ(参考画像・烈火の炎より)

なお“丁寧な”仕事というのは、決してチンタラ時間をかけて仕事をすることでもなければ、複数人で何度も同じことをチェックするようなことでもない

私が思う丁寧さとは
然るべきことだけを、然るべき手順にて執り行う
ただそれだけの単純明快なもの

その過程には無駄がなく、その結果では必要なモノしか生じない最短・最速の仕事・・・
少なくとも私が実際に観て来たのはそんな仕事の進め方であった

そんな丁寧さに、自分たちも少しは近づけているか?

・・・繰り返しになるが、今はそれだけに固執するようになってしまった

始め、“地域貢献すらも些末なこと”と書いたけれど
こじつけかもしれないが、丁寧な仕事ができているのであればどこで何をしていようとも
「地域に根差している!」と胸を張れる気がしている
逆にどれほどローカル志向があったとしても、雑な仕事しかしないのであれば
「何を以てそれが地域に貢献しているんだ?」と聞かれても返答に困るところだろう、、


そういう意味では、自分たちの仕事の丁寧さは経営バロメーターとしても非常に重要だと思っている

そして今、そんな丁寧さが黄色信号かもしれない

なかなかこの“丁寧にありたい”という心情が理解してもらえない

いや、そもそも“丁寧な仕事”なんて個人の概念のすぎない曖昧なもので、
これを「理解してくれ」と他者に共感を求めること自体が間違いだったのかもしれないと、諦め半分だったりする

なにせ私が“丁寧だ”と思うことが丁寧さであり、一方で別の誰かはそう思わないかもしれないのだから

そんな仕事は本当に存在するのか?
存在するとして、それは一部の高級サロンにて提供されていればよいものではないか?

・・・といった無要論もあって然りなことと思う

押しつけは、、丁寧な仕事ではない(苦笑)


でも思い出してほしい

誰にだって、心に残る体験の一つや二つくらいはあるはずだ
いつ?どこで?誰かから?
それはヒトそれぞれだろうが、間違いなくその感動体験は“誰かの丁寧な仕事から”生まれていたと思っている

「自分自身もそんな仕事をしたいと思った」
と、志望動機としてもしばしば耳にするのは、
誰かの丁寧な仕事がそのヒトの大切な部分に刺さったからだと確信している


そんな丁寧さを、自分でも、一日に一度でも発揮できたら?
きっとその一日はいつもより良い一日だと思う
丁寧さも万能ではない
時に望まない結果に向かうことだってあるが、ベストは尽くしたという実感は何にも代えがたい財産だ
丁寧さを重ねる事は、ある種の答え合わせを重ねているようなもので、
自分の仕事への、あるいは自分自身への確信を強めることができるだろう

その積み重ねがいつか“満足に生きた・・・”につながるのではないか


一方、一切の丁寧さの無い、乱雑な仕事を続けていけば
雑な生き方を続けていけば、、、
そこには自分自身に対する答えが一切無くて、やりがいも“ありがとう”も得られない
そんな一生を否定しても始まらないが、少なくとも自分には続けられそうにない、、

その末にある“真に何も残らない最期”が怖い


あぁそうか
結局私は、自分自身の人生に確信を得るための手段として丁寧さを求めているということだったのか


「この仕事を一生続けたい」というよりは

「自分にはこの仕事しか残されていない・・・」そう意識することで一つ一つ丁寧になっていく
いや、丁寧にならざるを得ないのだろう


もしも
「この仕事を一生続けるわけでもない」
「自分にはこの仕事以外にも色々ある・・・」
そんな自由があれば、あるいは丁寧さなどただ面倒なだけに思っていたかも知れない


“次がある”を信じる者と、“次が無い”と信じる者は交わることがないのだね

ただ、、これは余計なことながら最後に一言

本当に“次”なんてあるのか

一生一度
しかもコロナによってさらにいつ何があってもおかしくない時代に
“次”なんてあるのか?

私には“今”しか見えない
共に、“今”をより良くしていこう
posted by うたまろう at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動日誌
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