2021年07月01日

パフォーマンスで弔問なんてをするものではない

八街の事故について触れずにはいられない

たった一人の飲酒運転者によって子どもたちの未来が閉ざされてしまった
亡くなった二人の子は言わずもがな、意識不明の女の子についても相当な障害があるらしい
生存した二人の子についても、傷はいつかは癒えるかもしれないが、ふとした瞬間にフラッシュバックしたり、一緒に登下校していたメンバーの中で自分が生き残ったことの重責(サバイバーズギルト)に苦しむことが予想に難くない、、
そんな思いがずっとアタマの中をぐるぐるしている

そりゃ、究極的には関わりのない人たちかもしれないけどね
でもこの悔しさ?悲しみ?怒り?呆れ?が入り混じったようなどうにも表現できない気持ちは、紛れも偽りもないものだ

赤の他人でこうなんだから、犠牲になったお子さんらの家族の気持ちは計り知れない



そうこう思っていた矢先に
“菅総理大臣が現地を弔問に…”
“この道にガードレールを全力で設置する意気込みを…”
なんてニュースの見出しを目にしてしまったもんだから、なおのことモヤついている


IMAO(ぶっちゃけ言ってしまえば)

“え?これって総理大臣が、ワザワザ時間を割いてやらねばならんことなのか?”


ってことだ

いや、唐突にこんなことを書けば【とんだサイコパス野郎だな】と思われてしまうかもしれないし、
『それを遺族や当の犠牲者を目の前にしてもう一度言える』のかと言われたらそりゃ無理だけど
そのココロについてひとまず書き出させてほしい



まず、この件が人々の記憶に刻まれるレベルの痛ましい事故であることには異論をはさむ余地はない
個人的に言わせてもらえれば、
数年前に亀岡で起きた【通学路が裏道に使われて子供が轢き殺された事故】や
大津で起きた【強引な右折車を回避せんがために幼児に突っ込んでしまった事故】などに比肩する
重大なアクシデントだとも感じている


そのうえでもなおこれは一国の総理大臣が弔問してどうこうする問題じゃないと宣うのは、、

そもそもこの国では一日に8.8人が交通事故で命を落としている(2020)から
単に事故であれば一分に一件以上発生しているらしい

こうしてブログを書き出して、書き終えるまでに30件くらいの事故がどこかで起きて、
その中には死亡事故が含まれている可能性が高い、、

つまり私たちがこうして千葉の事故の犠牲者を悼む傍ら、
人知れず、でもこの事故のように凄惨な亡くなり方をしている子供たちが決して少なくなく、そしてそれは今後も発生するということだ

そんな状況で、“この場所に全力でガードレールを作る!”と意気込んでどうするのか


全国に、この事故現場と同じかそれ以上に危険な通学路がどれほどあるのかを、
またそのすべてにガードレールを設置することが現実的かを、このご老人は知っているのだろうか
自国の総理大臣が【それを本当に解決策だと信じている】なら呆れるし悲しい

そうこう考えているうちに
『あ、コレってもしかして政治的なパフォーマンスなの?』
と考えるようになってしまった次第

いかに悲惨な重大事故とはいえ、今はコロナ、オリンピックの混乱の最中
仮に心よりの弔問だとしても、ぐっとこらえて国交相あたりを代理で遣わすくらいじゃないとダメだろう

本当に総理大臣にやってもらいたいのはノコノコ弔問してハイ終わり、じゃなくて
飲酒運転の撲滅(に向けた各種法整備)でしょ

そもそもの着眼点からして間違っていると思っている
とりわけ、飲酒運転での事故が発生した場合はそうでない事故にくらべて死亡率が8倍に跳ね上がるらしいのだから、“酒飲んで運転するバカ”を根絶やしにしないとダメ

例えば運転手の呼気を吹き付けなければエンジンがかからない様にするとか、そういう技術は既に実現可能なレベルにあると聞く
そういった機能の装着義務化を推し進めるなど、与党総裁クラスじゃないと出来ない旗振りをするのが
総理の本来の仕事ではないかと思っている(立法は国会、などの細かい突っ込みはご勘弁願いたい)
(装置が付いたら付いたで身代わり吐息などの抜け道も横行するかもしれないが、
それも独りではできないし、わざわざそんなことの共犯者になろうとするやつも稀有なことだろう、、)


・・・そういうわけで“総理はノコノコ弔問に来るな”と思った次第



まったく別件になるが、対面走行の専用道路で最近導入が進んでいる鋼鉄ワイヤー
これ、コストに対してかなりの効果が上げられているらしい
ただ、これは日常的に車が走行することが明らかだからこそ設置が進んでいるが、言われているような全国レベルのガードレール設置なんて土台無理な話だと思っている

聞けば以前からここにガードレールを、もしくは通学路の変更を、と主張していたヒトもたくさんいたらしい
でも、それらが実現しなかったのは、予算面などそれなりに理由があったのでしょう
財政がひっ迫するといわれている最中、今まで設置できていなかったものがこれからできるのか、、
あるいは、わかりやすくガードレールは付けたけど、どこか別のところでしわ寄せを食ってそれで別の事故が増えるような、、そんなビジョンが浮かぶ


いずれにしても
今更ここにガードレールを取り付けたって、亡くなったヒトはもう戻ってくれない
公害しかり、薬害しかり、犠牲者の上に安全策が敷かれるようになるのは昔からのことだが、、
せめて犠牲者の手向けになる、意味のある対策が採られることを切に願う





posted by うたまろう at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | モショっとつぶやく
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