2021年10月04日

無虹彩症(指定難病329)

最近、眼科領域の研修会が立て続けなので覚書する

無虹彩症、という先天性の希少疾患がある


>>無虹彩症は目の虹彩(カメラでは絞りに相当する光量を調節する部分)が生まれつきうまくできなかった状態です。PAX6という目や脳がお母さんのおなかの中で作られる過程の中で働く重要な遺伝子が、2つあるうち一つが異常になるために起こります。また中心窩という 網膜 の中心部( 黄斑 部)がうまくできない( 黄斑 低形成と言います)ことが多く、視力は0.2前後のことが多いです。また白内障や角膜上皮細胞という黒目の表面の細胞が高中年期に足りなくなり代わりに結膜上皮細胞と言う白目の上皮細胞が黒目を覆う状態(角膜輪部疲弊症と言います)になることがあります。また虹彩が隅角という目の中の水(房水と言います)が出て行く部位に癒着しやすいため眼圧が上がって緑内障となることもあります。無虹彩症の患者さまの中にはウイルムス腫瘍という小児期の腎臓の癌や泌尿生殖発育不全や発達遅滞を伴うことがあり、その場合は11番染色体の短椀の13という領域の欠失が原因であることが多く、11p13欠失症候群やWAGR症候群と呼ばれています。無虹彩症のうち13%ほどが11p13欠失症候群によるものとされています。
<<引用ここまで

虹彩、すなわち目のピントを合わせるための機能が生まれつき(もしくは後天的に)失われていること
今はシリコン性の人工虹彩なんてものも出来ている時代なので、欠損しているならそれを入れればいいじゃないかと思う人も少なくないかもしれないが、その他にも複数の問題が合併して話はそう単純ではない
(緑内障への備えとして隅角切除やトラベクロ(orトラベクトレク)トミーも講じなければならないなど)

医療的な話は別にして
自分のママ(パパもだが)の顔がいつまでもぼんやりとしか見えない(ないしは全然見えない)赤ちゃんのことを
あるいはパパ、ママが自分の顔を我が子に見てもらえないことを想像するともうなんかダメだね(;;)

何か出来るかというと何も思いつかない
医学の画期的な進化を祈る他にないのかもしれない

ただ強いて挙げるならば“知ること”がある
無虹彩症は非常に稀な先天疾患だからまずほとんどの人が知らない
その保護者や当人はそれをイチから説明しなければならず、そのわずらわしさは想像に難しくない

だからそれをこうして広めてくことは
僅かながらも支援になるのではないか、、と思った

あるいは
虹彩がそもそもどんなもので、それが機能しないのはどういうことなのか?
それを知ることでまた僅かならでも支えになりはしないかとも思った

たとえば明るい所ではすごく眩しいて辛いらしい
そのため、(対策済みであることは多いと思うけれども)保護者の方はなるべく日陰を好む可能性が高い
そんな、ふとしたことでも知っていると知らないとでは出来ることの幅が違ってくるのではないかということ


私は自身の思考パターンが独特さゆえに他者から誤解を受ける事が少なくない
そのため、自身の考えが真に理解されたときは本当に嬉しい

まぁ、自分がそうだからといって他の誰もがそうとは限らない
知られたくない、知ったふりをしないでほしいという人もいるとは思うけど
私は“知る”の方向を突き進もうと思う






posted by うたまろう at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | モショっとつぶやく

2021年09月09日

コロナはただの風邪です

『コロナはただの風邪です』

と、喧伝しては好き勝手やらかす連中がなぜここまでまともな人々をイラつかせるのかについて考えてみた
(ちなみに“旧来のコロナウイルス”も風邪の原因の一つではあるので『コロナはただの風邪』っていうのはある意味正しいのだけど、当然ながらここでは『新型コロナはただの風邪』という意味での発言を指しているとして欲しい)

大きく分けて2つの理由が浮かんだ

一つは【それでヒトが多数死んでいるから】という感情的な理由から

既に世界では相当な死者を数えた
日本はまだ序の口に見えるかもしれないが、他国と同様に医療崩壊といった二次的三次的な死者が見え始めて来た
時間の問題だ、、
そんな最中に『ただの風邪でしょ』と嘯くのはさすがに空気が読めていなすぎると感じる
十分に警戒していたのに、それでも感染・重症化して死に目にも会えなかった人々に対する労りが無さすぎる

二つ目は、【他者に迷惑をまき散らす】という弊害から

正直、ウイルスを侮った連中が勝手に死ぬ分には構わないと、多数のヒトは思っているところだろう(正直すぎたか!)
しかし実際はそういった連中がウイルスを受け取り、拡散して被害を拡げていることがデータで明らかにされてしまっているし、いざ重症化すれば泣きわめいて病院に飛び込み、ベッドを埋めている姿が露見している
風が吹けば桶屋が儲かるよりもう少しリアリティを伴った実害があるので、まともな人々はこういった連中を忌避している

“コロナはただの風邪”・・・
仮にそこに一定の根拠が有ったとしても真っ当な人々は決して取り合わないだろう



ただ、そうは言っても『コロナはただの風邪』に流されてしまうヒトが少なくないのはなぜだ?
それについても考えてみた

一つは【思考の放棄】
つまり普段から自分のアタマで考えることをしてこなかったタイプのヒトが
“なんとなく権威のありそうなヒトや有名なヒトがそう言っているから”
“ネットにたくさん書かれてるから”
と情報を鵜呑みにしてしまっているパターン

そもそも医療において医者とか看護師といった専門家だって間違った判断をしてしまうのに、
ましてや医療の専門家でもない素人が、何の根拠を以って言っているのかも分からないような事を妄信して自身の生命を危険に晒してしまう、、ちょっと考えると愚か極まりない
そもそも、そもそも“ただの風邪”ですら拗らせれば人は易々と死んでしまう、侮ってはならない

マジな話、早く立ち上がれ

二つ、【コロナ対策疲れ】

この閉塞的なコロナ禍において
『あぁコロナってただの風邪かもしれないんだ』
『もう日常に戻れるんだ』
という囁きは本当に甘美で、つい流されそうになるその気持ちは分かる

気持ちは分かるが、気を確かにもって現実を直視しよう
今、幸いにもあなた自身もあなたの近親者の中にもコロナ陽性者はいないかもしれない
ただ今やいつ誰しもが陽性者に、重症者になってもおかしくない。そういう段階に来てる

そしていざ、今度はあなたたち自身がコロナに感染して“ただの風邪ではない”症状になったとしても、もはや誰かが責任は取ってくれるでもない

マジな話、早く立ち上がれ
これちょっとシリアスだけど盛り上がれ


くどいようだが、本来は危機回避能力やストレス耐性を持たない生物は淘汰されるのが自然の摂理で、死にたい人、本気で生きたいわけじゃない人はかってに死んでどうぞが真理
しかし今回のようなエピデミックではただ自分が死ぬ以外に“他者にも迷惑をまき散らす”という点から“お好きにどうぞ”というわけにはいかない

つまるところこれは知性や理性を以って自衛に努める人々と、そうではない人々との対立構造なのだと思う

知性≒想像力であり、『〇〇かもしれない』と潜在的な危機を回避する能力として
理性≒ストレス耐性であり、ストレス下においても正しく判断を続けられる能力として

こんな時代だからこそ知性と理性を大切に、そして自分と大切な人の安全を守りましょう

posted by うたまろう at 13:51| Comment(0) | TrackBack(0) | モショっとつぶやく

2021年09月07日

あの音が返ってきて少しだけ涙

個室から聞こえてくる、マグフォーマーのパチパチ音

武漢発コロナが認識されてからキッズコーナーなどの付属物は全撤去して久しいが
今日、患者さん自身がマグフォーマーを持参されていたので久しぶりにこの音を聴いた
(オッサンになると、涙もろくなる)


またいつかの様に、、と思っていたけれどどもその見通しは厳しいというか
『コロナ以前の生活が返ってくるかも』というのは甘い幻想なのかもしれない

オモチャに変わる、非接触的な時間潰しを考える必然性を感じる
posted by うたまろう at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | モショっとつぶやく