2019年09月11日

かみさま(とんぼ)だけが、知っている

皆さんはこの世界について、たった一つの不変なモノだと認識されているかもしれない。
しかし実は“世界はそこに生きるヒトの数だけ無限に存在している”という見かたもある、今日はそんな話を。



さて、もはや定例となった川清掃のafter!
IMAG2361.jpgどやっ

…例年と比べると少し両サイドの雑草処理が甘い様に見えるかもしれない。
でもそれは、前回の反省であり、この子らのための措置である
IMAG2360.jpg見えるかな?

そう、“カミサマトンボ”こと、羽黒とんぼです
このトンボさんらが、わりとここの草で羽休めをしたり、もしかすると産卵する可能性もある?のであえて除かなかった。

そして、前回に続きここでまた愚痴?の様なものが再開する。

ここで除草作業とかをしていると、通りがかりの近所のおじいちゃんとかから
『(上で抜いたクサが水路に落ちているのとかを指して)川を汚しなさんな(# ゚Д゚)!』
って、怒られちゃうことが少なくないのですわ(苦笑&涙)

前にもここで書いたかもしれないけど、そもそもここの水路際の土地は
IMAG2362.jpg

実は誰のものでもない土地らしい・・・
正確には、誰かの土地ではあるハズなんだけど、所有者の所在が全く追えない空白地ということになっていると、(薬局の前の)地主さんだった方に伺ったことがある。
いずれにしても、買う事も借りる事も出来ない。

しかし一番の問題はここが、どれだけ雑草が生い茂ろうとも、それが景観を台無しにしようとも、誰も責任を取る者がいない無責任地帯であるということ(--;

そこに私は勝手に侵入して、勝手に植樹しては勝手に雑草を引っこ抜いていると…
まぁ、文字にしてしまえばそうなりますが(笑)

しかしそれはもちろん“ここを本当の無法地帯にしてしまわない”ため。

この水路にタバコをポイ捨てなさられる観光客あらば、
私は黙って長靴に履き替え、水路に降りてそれを拾う、、
そうやって、ここを大事にしているつもりなのですがね、、(*´ω`)

しかしそれは、見るヒトによっては“川を汚すけしからん奴”に映るということがあると。
冒頭の様に【見るヒトの数だけ世界が存在している】というのはこういうことなんだな、と。少なくとも、実際に叱責をされた私には腑に落ちる話となっている。

もちろん、自分の周りを掃除する事なんてアタリマエっちゃアタリマエのことで
そんなことを別に“褒めてくれ”なんて思っちゃいないけれど
ただ、面と向かって“オマエが汚している”って言われてしまうことの悲しさはここに書きとどめておきたい。

『じゃあ、おじいさんがここ掃除してくれる?』なんて言いはしないけどさ
ただ、せめてこの空白地帯の事情については“知って欲しい”とは思う。
ご近所なんだし^^;

でも、やっぱり“知ろうとしない”んだよね、なんでだろう?
私も一応は『私もボランティアでやっているようなものなんですよー(^‐^;』
とは説明を試みるものの、どうにも話が通じない(笑)

加齢によって【こうに違いない】という思いこみや、
【けしからん!】という結論を覆せないなんてことは増えていくけれど、それともまた違う感じ。

まるでこのおじいさんにとっての世界は
“水路を汚すけしからん薬局が近所に存在する”
そうに決まってる、世界はそうでなければならない!というような
自らそんな世界を選択しているような認識が伝わってくる、それが悲痛だ。

片や、“水路を含め、景観保持に努めているような薬局が近くに存在する”
そんな世界だって確かに存在しているはずなのに。

私がもし“どちらかの世界を選べ”と言われたなら、手前味噌ながら迷わず後者の世界を選ぶ。
その方が心が豊かな世界であるのが間違いないから。

…生きてきた背景が、見えて来た景色が違いすぎる。
そんな諦めに近い気持ちが胸にしみる。

全てをみていた“カミサマトンボ”
その目には世界がどう映っているのだろうな



posted by うたまろ at 10:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動日誌

2019年09月10日

プロの使い方

初め、別の記事のための“前置き”としてかいていたら、
ちょっと愚痴も入って予想外の長さになってしまったので記事を分離しました(笑)


世には私のような薬剤師を含め、“専門家(プロフェッショナル)”と自負する人たちがいて、
その分野についての素人、つまり『よく知らない人』たちをフォローすることを生業にしている。

ただ私は正直、“全く知ろうとしない人”たちがちょっと苦手で。
そこを書いて整理してみた。

もちろん、初めは誰もが“素人”の状態。
ただ、その中には“自分では全く知ろうともしない人”もいれば、
自分でも『知ろう』としてプロの助言を仰ぎ、その上で自分なりの決断を下そうとする人もいる。
ここで私が苦手、と言っているのは前者。

後者は、やがては素人とは呼べなくなる。
そうなると【プロとしての仕事は減るんじゃない?】と思われるかもしれないけれど、
少なくとも私自身はそういう『使い方』をしてもらえるのがプロ冥利に尽きるというか、
自分が“最も消費してもらえた”と、一番やりがいを感じる相手だったリする。
素人から脱却したとしても、一歩進めばまた“新たな疑問”が生じるもの。
そこでまた、プロの出番が必ずある。
二人三脚だ。
そうして、相互の信頼を育んでいく事が出来る、、

だから私は、“プロを上手に利用してくれる素人”が大好きだ。
そして逆に自分自身も他のプロを使う事があるから、その時は上手に使わせていただかねば、と考えている。

一方、同じ素人でも上で書いたように“全く知ろうともしない人”ではちょっと話が違ってくる。
薬局で言えば『なんでも良いので任せます(ので早くしてください)』とだけ言う人に一定の確率で遭遇する。
これではもう、プロが介在する意味がありません(涙)
話はそこで終わってしまう。

しかし、そういう方々は大概『はいはい』と聞き流して颯爽とお帰りになられるものの、
後で何か間違いを起こして『どうすれば良いですか!?』と慌ててお電話をされることがダントツに多い、、

これについては色々と申したい事もあるけれど、ここで敢えて一つだけ言わせてただくのは
それは本当にもったいないですよ、ということ。

もちろん、育児中のお母さん(お父さん)は皆忙しいことは良く知っている。
既に医師から聞いている話と同じような事をもう一度薬局で繰り返されるのはかなわん、
というのも非常に理解できる。

ただ、聞き流してもきちんと聞いても、薬局での医療費は同じです。
たぶん、時間もそう変わらないはず。
ところが寸時を惜しんで聞き流したばかりに後になって健康的な被害を受ける、
場合によっては取り返しのつかない不可逆的なものだったりする。
…それはとても損だと、私は思います。

確かに昔は【私のいう事が一番正しい!その通りにしなさい!!】
…なんて言って、何でも強引に決めちゃう医師もいたかもしれないし
【先生が出した通りに飲んでいればいいんです!】って薬剤師も多かった。

しかし、今やそんな人種は少数派。
【相手がどうありたいか】を最も大切にする、それが医療・介護でのアタリマエになった。

そこで『なんでもいいです。お任せします』と言われてしまうと、真っ当なプロであるほど
(本当にそれでいいの?そんなに大切なことを、自分で決めなくて後悔しないの?)と困惑するのではないかと。
少なくとも私は心配になる。

皆さんはどうですか?
プロとして、良く使ってもらえていますか?
あるいは、プロを、上手く使えていますか?
posted by うたまろ at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動日誌

2019年09月05日

答え合わせは正解だった…が

【イナビル懸濁用】が発売されていたことを今更ながらに知った。

この懸濁用イナビルが、オリジナルのイナビルの違う点は
“ネブライザで患者に吸ってもらる”という点

イナビル自体には、1回キリの吸入で効果が得られる特性があるものの、
ある程度の吸入力がないとその1回でしっかりと効果が得られない、という問題点があった。

それをうまく解消してくれるのがその【イナビル懸濁用】だが、、
実は当薬局ではオリジナルのイナビルの粉を取り出して生食で溶かし、
それをネブライザで吸引させるという手技を一昨年の時点から取り入れていた。
(もちろん、処方医の指示の下ではあるけれども)
正直な話、そんな方法で本来の効果が得られるのかは懐疑的だった。
でも今回の新発売により、それがオフィシャルに認められる事になる。
あぁ、正解だったんだ。K先生、疑ってしまってごめんなさい
まぁそんなことはさておき、イナビルが使えなかった小さな子供たちにとって、福音となるのは良いことだ。

ただ、、
一点、
一点だけ気に食わない事がある。
それは例によって
“メーカーから薬局には何のアナウンスも無い事”

この懸濁イナビルには、ネブライザが無ければ使うことが出来ない。
そうなると、院外処方はまずされないだろう。
厳密にはネブライザ薬だから院外処方されない、とは限らない。
実際にパルミコートなど院外処方されるネブライザ専用の薬剤は存在する。
しかしそれらは気管支喘息の治療で長期で使用すること前提だから、
医療機関がレンタルしたり、患者自身がネブライザを購入する事で成り立っている。

しかし、イナビルは前述の通り1回キリで使用するものだから、
わざわざ患者さんにネブライザをレンタルしてまで院外処方して、それを家で吸ってまた返してもらうなんてことはまずありえない。
つまり院内で使用される(院外処方はされない)ことは間違いないと、そういうことである。
ラピアクタ(点滴で使う抗インフルエンザ薬)の様に、院内処方となるわけだ。

だから必然的に購入者は病院、クリニックに限定される。
情報提供という名のセールスまた、病院・クリニックに限定されることは理解できるんだけど、、

そういうものなのか?
これからインフルもはやり出すが、巷の薬局の中には「懸濁イナビルなんて知らない」所もまだたくさんあるはず。
そしてまだ、出だしの懸濁イナビルを在庫する医療機関はそう多くないかもしれない。すると
オリジナルのイナビルが吸引力に不安がある患者さんに処方されてしまう事
はまだまだ起こりうるはず・・・
しかし、この懸濁法が少しでも浸透していれば、ウチの様にネブライザを用意する薬局も増えていき、
そんなケースでも柔軟に対応できるはずなんだと私は思うんだけどな。

果たして薬局にイナビル吸入用懸濁の発売情報が入るのはいつか。
それを楽しみに?待つ。
posted by うたまろ at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 活動日誌

2019年08月24日

それが“聖属性魔法”だ

なし崩し的に千灯供養に初参加したボンチ。
愛宕街道沿いに並べられた灯篭を見ている間はテンション高めだったが、念仏寺に入った途端に絶句することになる。

立ち並ぶ石仏と灯火に圧倒されながらも
『ここ、ゴースト系かゾンビ系が出てくる?』
などと聞いてくる。
「ゾンビ系は出ない、が、ゴースト系とスケルトン系が出るかも…」
と、悪乗りで返しをすると

『そうか…なら“聖属性魔法”で対抗しないと…』
などと呟いている。
キミは“聖属性魔法”が使えたのか(笑)

そうこうするうちに【西院の河原】に到着。
怖いー((( ;゚Д゚))) とは言いながらも、
『どこにロウソクを付けるかは自分で選ぶ』
という。

そうして決めたのは“隅の方の灯りが殆どない一角”だった。
【そこが一番寂しそうだったから】らしい。


…それだ。
無縁仏に心を手向けられる、それが“聖属性魔法”だ

その優しさ、なんだか頼もしいじゃない

良い経験が出来ました